腰まわりの痛み
出産前後の腰の痛みと❝ゆがみ❞について
(鳥栖市在住/30代女性)
この患者さんは、出産に伴い出てきた起き上がり時の腰の痛みのために来院されました
この様な症状の方は、他にも多くいらっしゃると思います。腰の痛みの原因は数多くありますが、妊娠・出産と特に関係が深いのが“重心の変化”と“リラキシン”というホルモンによるものです。
“重心の変化”によるものは、子宮で胎児が大きくなるにともない、重心の位置が前方へと変移してくるため、その代償として身体(背中)を反らすようになることで腰椎(腰の骨)のカーブ(前彎)が大きくなることにより、多くは亜急性(徐々に)に腰部の痛みが出てくるものです。
一方“リラキシン”による腰部の痛みは、急性に起こるものも亜急性(徐々に症状がでてくる)に起こるものもあります。“リラキシン”は分娩にともない、産道を広がりやすくするために分泌される女性ホルモンの一種です。妊娠が成立してから出産後数日までのあいだ分泌されると言われています。この“リラキシン”は靭帯などの結合組織に作用し、それらの組織を弛緩させ(ゆるませ)ます。
靭帯は関節部の補強が主な役割ですので、妊娠~出産後しばらくは全身の関節部が不安定で、急な力が加わるとケガをしやすい状態であると言えます。この事からも、昔から出産の前後に奥さんのご実家に戻られて出産するというのは実に理にかなっていると言えます。
この患者さんは「妊娠してから、学生時代に捻挫したところに痛みが出てきた」との事でしたので“リラキシン”による要因が強いのかもしれません。
諸事情によりご実家で出産を迎えられない妊婦の方は、予防として腰部のサポーターなどを使うことを検討するのも必要だと思います。ある論文では「出産による筋肉や靭帯の疲労を考えると産後1か月という産褥の回復を期待する期間は、骨盤支持の必要があると考えられる」という報告もあります。
【骨盤のゆがみについて】
妊婦さんに限らず多くの方が“骨盤のゆがみ”という言葉に敏感になっているのではないでしょうか?
接骨院(整骨院)でも店舗の壁面にこの言葉を掲げている施設を最近よく目にしますが、実はこの“骨盤のゆがみ”という言葉は、元々は民間資格である整体やカイロプラクティックなどの施設で使われていた言葉です。
また、接骨院(整骨院)の先生は“柔道整復師”という医療国家資格を持っているのですが、その資格を取得するためのカリキュラムには“骨盤のゆがみ”や“骨盤矯正”などに関する内容は一切入っていません。
その理由は大きく2つあります。
1つは、私たち柔道整復師が保険適応として扱えるものの中には“骨盤のゆがみ”は入っていないからです。
もう1つは、日本では“骨盤のゆがみ”という状態に対する定義や医学的に認められた論文などは1つもありません。つまり、医学的に認められていないし、治療の方法も確立されていないからです。
“日本では”と書いたのは、身体のゆがみに対する治療技術を持つカイロプラクティックは、海外の一部の国では医療国家資格であり、定義や理論、治療方法が確立されているからです。
日本にも国際基準を満たしたカイロプラクティックの資格を取れる学校が東京に1校だけあるみたいですが、重要なのは「接骨院(整骨院)で、“身体のゆがみ”に対する医学的に確証のある治療を行える施設は、ほとんどない」ということです。
当院がこのように断言できるのは、院長である私が医療の道に進むきっかけとなったのがカイロプラクティックを学んだことが始まりだったからです。学んだと言っても、学校に行ったわけでもなく(そもそも日本では民間資格なので、学校に行かなくても、資格を取らなくてもカイロの仕事はできます。)、個人の先生に技術のみを教えてもらいました。最終的にはその技術を頼りにとある総合病院に勤務したのですが、医療の現場はそんなに甘いものではありません。医療とは医学的な定義や理論、技術に基づいて行われるものです。当院の治療指針は、この経験に大きく影響を受けています。
話を“ゆがみ”に戻します。
結論から言うと、当院では“ゆがみ”に対する矯正などの治療は適切でないと考えています。
理由はいくつかあります。
①“ゆがみ”の定義や理論がなく、そもそも病態として捉える根拠がない(それが本当の原因になっているのか断定できない)ため。
前述のとおり、“ゆがみ”とそれが引き起こす症状との医学的な根拠はありません。
当院では確証のない治療に対して、自由診療で代金をいただこうとは思いません。
②痛みなどの症状がない人たちにも、いわゆる“ゆがみ”と言われる状態の人は大勢いるため。
ほとんどの人には多少の“ゆがみ”と言われる状態はあります。当院では痛みなどの原因は“ゆがみ”ではなく、動作の機能の問題であると考えています。
③“ゆがみ”に対して一般的に行われる矯正という治療には、リスクが伴うため。
一般的な強制と呼ばれる技術は、急速に関節部に外力を加えます。
ヘルニアを例にとっても、ヘルニアと呼べるような状態でありながら無症状の方が大勢いることが研究によりわかっています。MRIなどの画像診断できる病院などの医療施設で事前に検査を行ってから矯正を行う場合は別として(実際にはありえませんが)、超音波しか画像的なツールのない接骨院(整骨院)では矯正をすることにより二次的な症状を引き起こしてしまう可能性が高いです。
ホルモンの作用により関節そのものが不安定な出産前後の方などはさらにリスクが高くなります。
④いわゆる“ゆがみ”と呼ばれるものは筋の作用で引き起こされる状態で、病態ではないため。
そもそも“ゆがんでいる”と思われている関節は、自然に動くわけではありません。骨と骨との間を関節と呼び、ほぼすべての骨と骨との間(関節)には筋がまたぐように付着しています。この筋が収縮することで関節部の運動が起こります。つまり“ゆがみ”と呼ばれる状態は、直接的には筋が関与しています。筋の関与がなく“ゆがんでいる”のであれば、それは骨自体の形状が変化した“変形”以外にあり得ません。
以下の3枚の写真は、この患者さんの骨盤部の写真(患者さん自身の指で骨盤の前方の出っ張った部分の高さを示してもらっています)です。
1枚目はアプローチ前の写真です
2枚目は当院で行っている運動療法によるアプローチ方法を行った後の写真です。
ほんのわずかですが左右の高さの違いがあります。
3枚目は徒手によるアプローチを行った後の写真です。
左右の高さがそろっています。
これらのアプローチは全て筋に対してのみ実施し、骨盤の関節には一切外力は加えていません。時間も3~4分程度でした。“ゆがみ”と呼ばれる状態がいかに曖昧で、また“矯正”と呼ばれるパフォーマンスが必要ないかがわかると思います。
私自身もまだまだ勉強すべきことは多くありますが、常に医学的な定義や理論、技術に対し研鑽を積む姿勢は忘れてはいけないと思っております。
私も今よりももっと未熟な時にはすぐに「“ゆがみ”があるから」「アンバランスだから」などと言う言葉を患者さんに対し言っていた時期があります。
私たち治療を行う方からすると、“非常に便利な言葉”なんです。
自分自身のスキルがないために原因を判断できないとすぐに使ってしまう言葉です。しかも一般的に広く親しまれている言葉なので、患者さんも納得してくれます。
この文章を読まれた方は“ゆがみ”という不明確な言葉に惑わされないでください。
※なお、この患者さんに行ったアプローチに対する料金などは、一切いただいておりません。
“ゆがみ”は病態ではなく、状態だからです。
若干ですが、向かって右側(患者さんの左側の骨盤部)の方が高い位置にあります。